第3話「海水浴は病気治療?~熱海の海水浴場は早く開かれた!」~

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ページ番号1009094  更新日 令和2年7月28日

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あたみ歴史こぼれ話(本編)

あたみ歴史こぼれ話第3話の画像
「あたみ歴史こぼれ話」第3話(令和元年(2019年)7月号掲載)

※広報あたみの原本をご覧になりたい場合は、
以下のリンク先からご覧ください。

あたみ歴史こぼれ話―本編の後に

このコーナーでは、「あたみ歴史こぼれ話」で
掲載しきれなかったことを中心にご紹介します。
本編を読み進んだ後に、ご覧ください。

※このページで掲載されている画像は、閲覧のみ可能といたします。
 画像の保存、複製及び使用は禁止といたしますのでご遠慮ください。

【『改正増補 熱海鑛泉誌』に書かれた「海水浴」】

 明治26年(1893年)9月に発行された『改正増補 熱海鑛泉誌』
 (青木純造著)では「第九章 海水浴」という項目に「海水浴」の
 説明が約7ページにわたって書かれています。

 そのはじめの部分を紹介します。
「海水浴は西暦1796年初めて英国に出生し、その教育遅々たりしが、
 1880年ドイツ国の博士「ベネッケ」氏、盛んにその必要を論じ、
 斡旋計画おおいに尽くすところあり。
 ついに多くの賛成を得て、「ノルデルナイ」島に海浜院を設立せしより
 以来、国内さかんにおこり、しいてこれを東海に及ぼし、今日の盛大を
 見るに至れり。我国において海水浴の起れる日なお浅しといえども、
 すでに数所の浴場を見る。而(しか)して熱海は横磯及び魚見岬の
 下に浴場を開きたり。蓋(けだ)し、この地たる天然を補うて手を入れ
 波除けを築きて潮流の荒れるを防ぎ、兼ねるに風景の佳なるあり。
 海水浴に適するはここに蝶々するを要せざるなり。」
  ※蝶々…しきりにしゃべるさま

 「(中略)海水浴は古来、神経強壮浴と称するものにして、浴後は
 心持ちさっぱりとなり、かの温泉浴後、身心倦怠を覚うるごときこと、
 あることなし。今その効用を約言すれば、寒冷、塩分、波浪の合働刺激に
 あり。さらにこれを詳説せんに、この三刺激により、皮膚の末梢神経
 作用興奮し、皮表の血管収縮し、血液を内部に送入し、筋肉収縮し、
 かつ皮膚の垢(あか)を去る。これに加え、海水の温度と体温とは
 甚だしき差あるをもって、にわかに体温を奪ふ。この作用、波浪の
 変転窮まりなく、・・・(中略)・・・もって血液の運行を盛んにし
 新陳代謝を活発ならしむ。」

 

【『豆州熱海全図』について】

 「あたみ歴史こぼれ話」に掲載した『豆州熱海全図』は
 明治20年(1887年)9月に熱海の萬屋平次郎が発行した絵地図です。
 広報あたみでは紙面の都合上、海水浴場の部分のみを掲載しましたが、
 このページでは地図全体を紹介します。

 この地図が発行された翌年の明治21年(1888年)、今の市役所の地に
「熱海御用邸」が竣工しますが、この地図ではまだ「宮内省御用地」と
 なっています。そして、隣には「熱海学校」があるのがわかります。

 現在の市内の地図と見比べてみると、海水浴場の場所や街並みの違いが
 よくわかると思います。

「豆州熱海全図」(古地図)の画像
「豆州熱海全図」
※大きい画像をご覧になりたい場合は、下の添付ファイル(「豆州熱海全図」)からご覧ください。

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 生涯学習課 網代公民館 歴史資料管理室
〒413-8550 熱海市中央町1-1
電話:0557-48-7100ファクス:0557-48-7100
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。